世田谷線電車2
世田谷線電車
東急世田谷線は、三軒茶屋と下高井戸間約5kmを結ぶ路面電車(いわゆるチンチン電車)で、世田谷区の南北を貫いていることから、沿線の人々の貴重な交通手段となっています。三軒茶屋駅で東急田園都市線に、途中の山下駅で小田急線(豪徳寺駅)、終着駅の下高井戸駅で京王線にそれぞれ乗り換えることができ利便性も高いです。
ほぼ全線が専用の軌道ですが、環状七号線と交差する若林付近では(※このあたりは「若林踏切」と言われていますが、遮断機はありません)、環状七号線との併用軌道となっていて、環七の信号に合わせて行き来します。ここでは都電荒川線と同じように「電車が信号待ち」をする光景が見られます。
総延長5kmの間に駅が10ありますので、駅と駅の間は最大で800m、最小で300mしかなく、歩いてもいける区間が多いです。といっても、すべてを歩くと1時間以上かかりますのでご注意ください。
世田谷線は、玉川電気鉄道(通称玉電)の支線として1925年(大正14年)1月に三軒茶屋駅と世田谷駅間が、同年5月に下高井戸駅まで開通し、現在の形ができました。
現在走っている車両は300系と呼ばれる専用車両で、10編成あり、全列車が2両編成で運行されています。設計最高速度は60kmですが、駅間が短いため、最高速度は40kmで運行しており、ゆったり感あふれる乗車を楽しむことができます。
また、10編成すべての電車の色が異なり、乗る人も、観る人も楽しくなる、そんなカラフルな塗装が施されています。(車両には301から310までの番号が記載されています。)
下高井戸を発車した三軒茶屋行きイエロー電車(306)

宮の坂駅に停車中の三軒茶屋行きグリーン電車(304)向かい側から下高井戸行きのイエロー電車が
近づいています。

宮の坂駅に保存されている江ノ電601号。もともとは玉電の車両でしたが、1969年に玉電が廃止となり、
翌1970年から20年間江ノ電601号として湘南の海と鎌倉を走っていました。

ほぼ全線が専用の軌道ですが、環状七号線と交差する若林付近では(※このあたりは「若林踏切」と言われていますが、遮断機はありません)、環状七号線との併用軌道となっていて、環七の信号に合わせて行き来します。ここでは都電荒川線と同じように「電車が信号待ち」をする光景が見られます。
総延長5kmの間に駅が10ありますので、駅と駅の間は最大で800m、最小で300mしかなく、歩いてもいける区間が多いです。といっても、すべてを歩くと1時間以上かかりますのでご注意ください。
世田谷線は、玉川電気鉄道(通称玉電)の支線として1925年(大正14年)1月に三軒茶屋駅と世田谷駅間が、同年5月に下高井戸駅まで開通し、現在の形ができました。
現在走っている車両は300系と呼ばれる専用車両で、10編成あり、全列車が2両編成で運行されています。設計最高速度は60kmですが、駅間が短いため、最高速度は40kmで運行しており、ゆったり感あふれる乗車を楽しむことができます。
また、10編成すべての電車の色が異なり、乗る人も、観る人も楽しくなる、そんなカラフルな塗装が施されています。(車両には301から310までの番号が記載されています。)
下高井戸を発車した三軒茶屋行きイエロー電車(306)

宮の坂駅に停車中の三軒茶屋行きグリーン電車(304)向かい側から下高井戸行きのイエロー電車が
近づいています。

宮の坂駅に保存されている江ノ電601号。もともとは玉電の車両でしたが、1969年に玉電が廃止となり、
翌1970年から20年間江ノ電601号として湘南の海と鎌倉を走っていました。
