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蘆花恒春園(建物)

徳富蘆花(徳冨健次郎)は明治元年(1868年)10月25日に現在の水俣市(熊本県)に生まれ、
4人の姉と5歳上の兄猪一郎(徳富蘇峰)がいました。

11歳の夏、健次郎は兄に連れられ同志社へ入学。退学復学を繰り返し明治22年5月、兄の経営
する民友社に入社し、雑誌や新聞に洋書の翻訳や作品の発表をして作家としての力をつけてい
きました。民友社時代の仲間には国木田独歩もいました。

明治27年5月蘆花と同じ熊本県出身東京お茶の水高師に在学中の原田愛子と結婚。この時蘆花
は27歳、愛子21歳で、当時としてはまれな共稼ぎでの生活を始めました。

明治32年「不如帰」(ホトトギス)で華々しい成功を収め、続いて出した「自然と人生」「思
出の記」等の成功によって作家としての地位を確固たるものにしました。

蘆花はトルストイの人道主義に共鳴し、明治39年4月上海、香港、コロンボ、エルサレムを経由
し、トルストイの住むヤスナヤーポリヤナ(ロシア)を訪れています。トルストイは別れに際し
「トクトミ君は農業で生活することはできないかね」と訊ね、蘆花はこの時自然の中で農業生活
を始めることを決心しました。

明治40年2月、蘆花は青山から東京府下北多摩郡千歳村字粕谷356番地(現在恒春園があるところ)
に移転。ここを永住の地と定め自らを美的百姓と称し、晴耕雨読の生活を送りつつ「みみずのたは
ごと」「黒い眼と茶色の眼」等の作品を書きました。         ・・蘆花記念館パンフレットより


記念館には蘆花の年譜のほか、トルストイからの手紙、スケッチ、農耕具などが展示されています。
明治の文豪の歩んだ道を静かに辿ってみるのも心楽しいひとときです。


蘆花夫妻が住んでいた居宅はそのまま保管され、中を見学することができます。(無料)
建物は、母屋、母屋につながった秋水書院、梅花書屋、愛子夫人居宅があります。



正面入口管理棟の先にある「蘆花記念館」 蘆花にまるわる様々なものが展示されています
蘆花記念館



丁度たけのこが生えていました。奥は秋水書院
秋水書院



奥の建物は秋水書院
秋水書院



秋水書院からの庭の眺め。身代わり地蔵が祀られています
秋水書院



身代わり地蔵のいわれ
屋敷内にある「お地蔵様」の由来



身代わり地蔵
お地蔵様



母屋入口
母屋入口



母屋玄関左側の部屋
母屋入口左の部屋



蘆花が愛子夫人のために購入した小タンス(明治41年)
蘆花が愛子夫人のために明治41年購入の小タンス



奥が母屋、右手が梅花書屋へ行く廊下(電話機とオルガンが置かれています)
奥が母屋、右手が梅花書屋へ行く廊下



日本最古級のアメリカ式リードオルガン(明治36年製造)
日本最古級のアメリカ式リードオルガン(明治36年製造)



梅花書屋
梅花書屋



梅花書屋に掲げられた額
梅花書屋に掲げられた額


梅花書屋建物入口  
梅花書屋入口



梅花書屋建物
梅花書屋



秋水書院 ベッドが置かれています
秋水書屋 寝室



秋水書院 大きなテーブルが
秋水書院の大きなテーブル



愛子夫人の住居 ※現在、梅花書屋と愛子夫人居宅は有料で借りることができます。(集会施設)
愛子夫人邸



庭から見た愛子夫人居宅
愛子夫人邸

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Author:tamachan
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たま店長のブログです。

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