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夢の島公園

夢の島公園(江東区)は人工島である東京湾埋立14号地のうち、湾岸道路より北の部分をいい、ほとんどが公園やスポーツ施設で占められています。

埋め立ての始まりは1939年と古く、埋め立て後は飛行場が建設される予定だったそうです。1941年(昭和16年)には資材不足で工事は中止され、しばらくの間は海水浴場として開放されていました。1950年代に入り、東京都内のゴミが増えたため、当地をゴミ処分場とすることが決定され1957年から1967年まで埋め立てが続けられました。

埋立終了後1978年に都立夢の島公園が開園し、その後も整備が続けられ、多彩なスポーツ施設が建設されたことから、今では、スポーツのメッカとして多くの人に利用されています。

夢の島の名前は、戦後、ここに遊園地を作る計画があったことから、マスコミが「ゴミの島」転じて「夢の島」と呼ぶようになり、それがいつの間にか定着したもので、1969年には正式な行政地名として採用されました。

施設としては以下があります。
・江東区夢の島陸上競技場
・夢の島熱帯植物園
・東京スポーツ文化館


東京都立夢の島熱帯植物園
夢の島熱帯植物園



夢の島公園(陸上競技場)
夢の島公園


夢の島公園(多目的コロシアム)
夢の島公園



夢の島公園(多目的コロシアム)
夢の島公園



東京スポーツ文化館(旧夢の島総合体育館)
東京スポーツ文化館



フットサル運動場
フットサルコート



室内プール
プール



夢の島航空写真(出典:1989年国土交通省航空写真より)
夢の島航空写真

テーマ : 写真日記
ジャンル : 日記

5月の野鳥公園

5月の野鳥公園は、若葉の時期を過ぎ、木々の緑が一段と深くなっていました。とんぼや蝶も飛び交い、春先とは一味違う雰囲気を醸し出しています。


野鳥公園広場
東京港野鳥公園


緑が濃い里山の風景
東京港野鳥公園


田植え前のたんぼ。苗代の準備はもうOKでした
東京港野鳥公園東園里山



マテバシイ・・ブナ化で耐潮性があり、大気汚染にも強い品種で、野鳥公園にはもってこいの木です
東京港野鳥公園



蜂が蜜を吸っているところ
東京港野鳥公園はち



テントをはってくつろぐ人たちもいます
東京港野鳥公園広場



緑が濃いですね
東京港野鳥公園



ガクアジサイ・・シーズンはこれからです
東京港野鳥公園がくあじさい



ヤマボウシ(ミズキ科)
東京港野鳥公園



ウスラウメ(梅桃)・・3~4月に花が咲き5月に実がなります。実は食用で甘酸っぱいです。
            ちなみに桜桃はサクランボのことです。
東京港野鳥公園ユスラウメ



橋を超えるとその先にネイチャーセンターがあります。画面に向かって左側(橋の南側)は太田青果市場
東京港野鳥公園



太田青果市場
太田青果市場




汐入の池の風景
東京港野鳥公園汐入の池




汐入の池で羽を休める水鳥たち
東京港野鳥公園汐入の池水鳥たち



汐入の池のかも
東京港野鳥公園汐入の池のかも



さぎとかも
東京港野鳥公園汐入の池さぎ

テーマ : 写真日記
ジャンル : 日記

蘆花恒春園(公園)

蘆花恒春園(ろかこうしゅんえん)は、「不如帰」(ホトトギス)「黒潮」「みみずのたは
ごと」などの名作を残した明治・大正期の文豪「徳冨蘆花(徳冨健次郎)」と「愛子婦人」
が、明治40年から20年間晴耕雨読の生活をしながら作家活動をおくった場所です。

昭和2年に蘆花は、生涯のお気に入りの場所である群馬県伊香保温泉で静養中に亡くなりま
した。(享年60歳)没後10周忌の昭和11年、愛子婦人は、土地、建物、書籍、生活用品、
その他遺品一切を東京都(当時は東京市)へ寄付し、昭和13年に都市公園としてオープン
しました。

その後、蘆花恒春園は拡張整備され、現在では8万㎡の広さとなり、地域住民の憩いの場所
となっています。(面積は開園時の6倍強)

公園内には、花壇、草地広場、多目的広場、児童公園、ドッグランコーナーなどが整備され
ているほか、蘆花と愛子婦人が過ごした居宅は当時のまま保存され、無料で一般公開されて
います。さらに、園内には「蘆花記念館」も作られ、蘆花にまつわる様々な資料が収蔵され、
一部は無料で公開されています。



蘆花恒春園正面入口(公園の北側にあります)
蘆花恒春園正面入口




蘆花恒春園南入口の石碑
蘆花恒春園南入口



蘆花恒春園のいわれ
「台湾の南端に恒春というところがあり、蘆花と思いがけない関係があること、
 恒春が永遠に若いことを意味することから住居の雅号として蘆花げ命名した」
恒春園名前の由来



蘆花恒春園の花壇
恒春園花壇



蘆花恒春園のチューリップ畑
恒春園チューリップ畑



マンサクと八重桜
ベニバナトキワマンサクとカンザン



ベニバナトキワマンサク(マンサク科)
咲き誇るベニバナトキワマンサク(マンサク科)



関山(カンザン:バラ科)
関山(カンザン:バラ科)



ハナミズキ(ミズキ科)
ハナチルサト(カエデ科)



園内の風景
園内のようす



徳富蘆花、愛子夫人が眠る墓
徳富蘆花と愛子夫人が眠る墓



墓守ねこ?
墓守ねこ

テーマ : 写真日記
ジャンル : 日記

希望ヶ丘公園

世田谷千歳清掃工場の向いに区立千歳温水プールと希望ヶ丘公園があります。
東京はみどりが少なく、子供たちが遊ぶ場所があまりないようなイメージがあり
ますが、実は、それぞれの地区ごとに小規模な公園が数多くあります。

希望ヶ丘公園は、規模は大きくありませんが、グランド、遊具施設、散策コース
が整備されていて、ちょっとした森林気分を味わうことができます。交通量が多い
環状八号線から300メートルくらいの所にあるのですが、そんなことをあまり感じさ
せない場所です。


世田谷区 希望ヶ丘公園
希望ヶ丘公園東側



水が流れ落ちる姿はとても清々しいです
滝のような作りで清々しいです



こんなあづま家のような建物も。寝転んで読書&昼寝なんてのも気持ち良さそうです
こんなあづま家のようなものもあります



公園内散策通路
公園内 散策がおすすめ



新緑が美しい季節になりました
公園内



公園には子供用の遊戯施設もあります
公園内遊戯施設



公園の北側道路にはつつじが植えられていて、まもなく満開を迎えます。
公園前の道路に植えられたつつじ



すでに満開になったところも
つつじ



さくらのあとは「つつじの花」
つつじ



あざやかなつつじをご覧ください
つつじ

テーマ : 写真日記
ジャンル : 日記

目黒区駒場公園

目黒区駒場公園は、加賀百万石の当主だった旧前田家の前田利為侯爵駒場邸跡です。

建物は、昭和初期の和洋両建築の粋を集めたもので、化粧レンガやタイル張りの施さ
れた洋館は昭和4年、書院造りの和館は昭和5年に完成しました。和館は侯爵がロンドン
駐在武官であったことから外人接待用に建てたとも言われています。

戦後はGHQに接収され、連合軍司令官の官邸として使われました。その後、昭和42年に
東京都が公園として開園し、昭和50年に目黒区に移管され現在に至っています。
和館、洋館とも一般開放され、無料で見ることができます。


駒場公園正面入口
駒場公園入口(正門)


和館の説明
和館の説明



和館のいけがき
和館生垣


和館エントランス
和館エントランス



和館入口
和館入口



和館玄関
和館玄関



和館広間 和風庭園も見えます
和館広間



和館和風庭園
和館庭園



洋館は東京帝国大学教授塚本靖と宮内省の担当技師高橋貞太郎が設計を担当し、駒場の
田園風景にあわせたイギリスのチューダー様式を取り入れています。チュウダー様式は
イギリス後期のゴシック様式を簡略化したもので、玄関ポーチの扁平アーチに特徴があ
ります。外壁には当時流行したスクラッチタイルを貼り、落ち着いた雰囲気を漂わせて
います。

洋館外観 
洋館外観



洋館入口
洋館入口


入口アーチ
洋館入口


重厚な雰囲気の階段
見事な階段



2階広間
2階広間



前田利為侯爵書斎
前田利為侯爵書斎



前田利為侯爵、菊子夫人の寝室
利為侯爵と菊子夫人の寝室



見事なステンドグラス
ステンドグラス



エントランスから庭園をながめる
エントランスから庭園を眺める



庭園から洋館を眺める
庭園から洋館をのぞむ



庭園の端から洋館をながめる
庭園の端から洋館をのぞむ



もう一度洋館エントランスをながめる
洋館前の庭からエントランスをのぞむ

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ジャンル : 日記

プロフィール

Author:tamachan
ボウスBOWS・ダイエット・健康食品ネットショップ「サプリタウン」
たま店長のブログです。

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